Write to think

- ある題材について書くことは,それについて知る最良の手段である - (Gerald M. Weinberg)

評価より評判

10月は上期の人事考課の時期だ。4月に立てた目標に対して実績がどうであったかを確認する。とは言え、客観的な考課を可能にするために、目標立案の時点である程度定量的かつ客観的に評価できるようにしている。
 
一見すると合理的なように感じられる。しかし、その目標が硬直的なものであった場合、対象となる期間中に状況が異なってきた場合は、同じ目標を追求することが現実的ではなくなったり、妥当性を欠いてくることもある。それにも関わらず組織のルール上見直しができず、また立てた目標を達成できなかった理由や、その代わりに成果を挙げたものを評価できるようになっていなければ、本人が尽力して対応してきたことが当初の目標設定に含まれていないというだけで評価対象にならなくなってしまう。それでは報われない。したがって設定した目標は、状況に応じて相当な理由がある場合は柔軟に見直され再設定されるべきである。
 
目的は客観的に評価することではない。評価を通して人が成長し、組織に貢献し、組織が強くなること、業績が上がること、事業の価値を向上させることである。
 
もし目標および評価方法が硬直的であるとすれば、状況が変わっているにも関わらず個人の評価の最大化のために全体最適をないがしろにしてしまいかねない。そのようにミスリードしてしまう制度は間違いだ。制度は組織としての全体最適を実現するように設定され、見直され続けなければならない。
 
また個人においては、あくまで僕の個人的な考えだが、評価よりも評判が重要である。評価はそのときの自身が受け取れる賞与や、昇格の材料として重要である。しかし、組織内において頼りになるのは誰か、重要な仕事を回すのは誰か、そして重要なポストを任せられるのは誰かを考えたとき、選ばれるのは評判の良い人物だろう。いくら人事考課が良くとも、周囲からの信頼が高くなければ重要ポストは任せられない。それよりも、評判の高い人が多少考課が低くとも周りの人は不利な事情があったのだろうと察することができるし、それよりも信頼できることが重要であり、頼りにすることに変わりはない。
 
組織内でサラリーマンとして昇格、出世だけを見れば考課が重要だが、ある程度独立した個人として仕事を頼まれる人になろうと思えば、考課などより絶対的に評判や信頼が重要である。